<フィラディス繁盛店インタビューNo.7>トラットリア・築地パラディーゾ 久野 貴之オーナー

<フィラディス繁盛店インタビューNo.7>トラットリア・築地パラディーゾ 久野 貴之オーナー
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築地場外市場初の本格イタリアンレストランとして、2011年10月にオープンしたトラットリア『築地パラディーゾ』。 「築地でイタリアンをやるなんて自殺行為だ」という周囲の予想を裏切り、オープン後すぐに人気が爆発して予約の取れない店となり、その状況は5周年を迎えた現在まで続いている。 築地に集まる観光客にも、常連となる地元客にも愛される店舗作りの秘訣とは? 『築地パラディーゾ』のオーナーであり、自身は現在2店舗目となる『築地 トゥットベーネ!』で腕をふるう久野貴之氏にお話を伺った。


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築地場外での出店

久野氏が『築地パラディーゾ』を立ち上げたのは38歳の時。それまではイタリアンの料理人として長く働き、日本にいたイタリア人シェフから様々な料理を学んできた。また、務めていたのが急成長した会社だったため多くの店舗立ち上げを経験しており、自分の店としては初めてであるものの、実に8店舗目のオープンだった。何件オープンさせようが毎回様々な苦労があるそうだが、苦労や失敗を散々したことによって、どんな問題が起こっても想定の範囲内で対処でき、時間のロスがなかったという。

築地場外という特殊な場所ではあるが、元は大家さんが営む惣菜屋が店を畳むことになり入居募集の告知を出したところで、たまたま久野氏が見つけ、なんとか説得して今に至る。

開店してからも、築地市場で仲卸や行商との関係を築くにはたくさんの苦労があったが、今はお互いに信頼しあえる良い関係が出来ている。そして何よりも、毎朝台車を持って市場に出かけ、山のように食材を仕入れ、更にそれが料理になってドンドン出ていくというのは、築地で料理人をする醍醐味であり、これ以上の幸せはないそうだ。

独立にあたって、勢いとタイミングだけで計画性は全くなかったという久野氏だが、偶然にも築地で今の物件に巡り合えたことは、繁盛店となる上で非常に大きな意味があったと考えられる。

お客様のニーズを最優先する

冒頭で「築地でイタリアンをやるなんて自殺行為だ」という予想があったと述べたが、『築地パラディーゾ』が入る以前には築地には本格イタリアンの店は無かった。いや、よくよく事情を聞けば、イタリアンは“無い”のではなく“潰れて”しまっていた。その理由として、久野氏は店側の都合とお客様のニーズが合っていなかったことを挙げる。

店側は、「築地=新鮮で質の高いもの」という考えから素材にこだわり、一皿が高い値段になってしまったのではないだろうか。しかし、お客様は「築地=新鮮で質の高いもの」であることに加え、「量」や「コストパフォーマンス」も当然のように求める。この無謀とも言えるお客様のニーズに応えられたイタリアンがなかったのではないだろうか。

その点、久野氏の行動指針は明快だ。それは、「自分がやりたいこと」ではなく「お客様が必要としていること」を優先すること。お客様がこの場所で何を求めているのかを考えるのだ。数多く立ち上げを経験する中で、誰でも最初はカッコつけて自分のやりたいことをやってしまうが、それだと失敗するか結局遠回りになることを学んだからだ。オープンする時には、安い皿でも、安い内装でもいい。まずお客様が一番に求めるものを提供して店が軌道に乗ったら、いくらでもやりたいことをやればいい。多くの人が店を出すにあたって順番を間違えてしまうので、後々苦しくなるのだ。

お客様のニーズを最優先する ・・・2軸の料理構成

『築地パラディーゾ』の謳い文句は、「ナポリ系骨太南イタリアンレストラン」。アマルフィで数日間勉強した経験もあり、築地=魚介、魚介=南イタリアという自然な発想から、アマルフィの海岸沿いにあるようなトラットリアをイメージした店づくりを行っている。

ふんふん、魚介類を豊富に使ったイタリア料理ね・・・と単純にくくることなかれ。お客様のニーズを最優先するという久野氏の姿勢は、この店のメニュー構成にもよく表れている。キーワードは“2つの軸”である。

まず1つ目の軸は、もちろん魚介。築地にお客様が求めるものといったら、新鮮な魚介類だろう。南イタリアで魚介をたくさん使った料理と云ったらペスカトーレが一番!という素直な考えでペスカトーレ「本日の貝類とチェリートマトのリングイネ」を提供したそうだが、これでもか~!とたっぷり貝が入ったペスカトーレは見た目のインパクトも絶大で、分かりやすく消費者の心を掴むメニューである。これが『築地パラディーゾ』の名物料理としてメディアで取り上げられ口コミを呼び、現在では全国からお客様が食べにくる一番人気のスペシャリテになっている。

そしてもう1つの軸は、肉料理だ。全ては『築地パラディーゾ』の大事なお客様である築地場内で働く方や近隣住人達のことを考えればこそ。毎日魚を見ていて飽き飽きしているだろう方々には、肉料理を提供するのはとても自然なことだ。実際にパラディーゾがオープンした当時の一番人気のメニューはソーセージだったそうだ。

お客様のニーズを最優先するということは、常識や固定観念にとらわれないことに繋がる。枠をあえて作らなかったからこそ、様々なお客様に受け入れられる店づくりが出来たのではないだろうか。

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常識を覆し、臨機応変に対応する

お客様のニーズを最優先することの次に久野氏が大切にしているのが、お客様に“驚き”をもって帰ってもらうことだ。具体的に言ってしまえば、最後にお会計で驚かせたい!ということ。美味しい料理やサービスでいくら満足しても、出てきたお会計への感想が「まぁそんなもんだね。」であったらそれで終わり。「え、これで大丈夫~?!」と驚きがあってはじめて、リピーターになってもらえるという考えだ。

会計で驚かせるためには、通常よりも原価をかけなければいけない。飲食業界では“成功する店の原価率は○%”といった業界の通例のようなものが存在する。もちろん久野氏も働いていた店舗で○%以内に抑えなさいと叩き込まれていたそうだが、『築地パラディーゾ』の開店にあたって、このパーセンテージは一体何の意味があるのか?と疑問に感じ、こうした経営サイドの話にお客様を付き合わせるのはいかがなものか?と、食材にもワインにも基準を大幅に超える原価をかけることにしたのだと語る。お客様に来てもらって喜んでいただけて初めて自分たちの喜びとなるわけだから、とにかくお客様をとことん喜ばせたいという気持ちの大きさ故だ。

ここでもポイントとなるのは、久野氏は自身の信念にさえ沿っていれば、常識を覆すことを厭わないということである。原価率は○%以内といった業界の通念は、先の見えない店舗経営では指針となるものであり、そこから外れるのはとても怖いと思う。しかし、お客様には関係ない話でしょうと簡単に捨てることができるのが久野氏の強みとなっている。

ランチタイムの常識も覆す

この「常識を覆す」姿勢は、ランチでのアラカルト提供にも見られる。

『築地パラディーゾ』では980円のランチコースを提供しているが、お昼のお客様単価は平均1800~2000円。この金額は、アラカルトで頼むお客様が多いから可能になる。

ランチのお客様は夜には来ないという定説が飲食業界にはあったが、それは値段設定の低いランチメニューでは提供できるものが限られるため、その店のポテンシャルが感じられないから。であれば、昼から夜と同じ高いレベルの料理を提供して、「夜はどんなことをやるんだろう?」と思わせればいいと考えた。こうして『築地パラディーゾ』では、他のレストランよりも早い段階からランチタイムにアラカルトを提供する形態を始めた。

これは、2軸の料理でも触れた築地場内で働く人たちのニーズに応えた結果という側面もある。彼らは朝暗いうちから働く代わりに仕事の終わる時間も早く、ランチタイムは夕飯の時間となる。こうしたお客様が一定数いることを知って、臨機応変に対応した結果なのだ。

「お客様のニーズを最優先」し、時には「業界の常識を覆す」ことを厭わず、「臨機応変に対応する」こと。これらによって、現在『築地パラディーゾ』は常連のお客様が集まる店になった。築地場外という場所でも、本格イタリアンレストランとして運営できることを証明したのだ。

変わりゆく築地

現在移転問題に揺れる築地市場だが、築地場外市場は移転せず、このまま残ることになる。観光客は急激に減ることが予想されるため痛手を負う店舗も多いが、これまでの築地場内頼りの商売を止め、場外単独でしっかりと集客できるエリアにしなければいけないというポジティブな動きが起こっているそうだ。築地という名前を殺さないように、しかし昔の遺産にしがみつくのではなく、築地を守るために変わろうとしている。これからの築地場外市場には、目が離せない!

★ 若手に夢を持ってもらうということ ★

たくさんの店舗立ち上げを経験した久野氏。独立を目指す若手に対して、40代50代の先達が近道を作らなければならないと考えている。それは目標を作るということでもある。3Kどころではない大変な下積み時代を耐えられるように、またそもそも若者に料理人になりたいと思ってもらうためにも、先輩が若手の目標となる人間にならなければいけないのだ。

久野氏が若手だった時には、料理人は派手であってはならないと教育された。しかし、成功したのであれば成功したことを見せるべき時代になりつつある。店が流行ればこれだけのことが出来る、と思わせなければ、今時の若者は料理人になろう、お店をやろう、とは思わないのだから。ロールモデルとなるような料理人が出てこなければ、料理人という仕事自体がなくなるかもしれないという危機感が常にあるのだという。

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