ドイツワイン好きのつぶやき (バイヤーアシスタント 桐山 真実子)

ドイツワイン好きのつぶやき (バイヤーアシスタント 桐山 真実子)
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数十年も前からドイツワインは日本に輸入されていますが、何故かいまだに日本ではマイナーな存在です。個人的にはとても好きで、お財布が許す限り追いかけたい生産者もいるのですが、いかんせん日本のワイン総輸入量に占める割合は年々減少しており、2010年の時点でたった2.2%…。量的には10年前のほぼ4分の1です。欲しいワインは日本で入手するのは難しい銘柄ばかりなので、ドイツに行って蔵元や小売店で直接買ったり、時にはメールオーダーやネット通販で個人輸入するしかありません。


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チリやオーストラリア等のニューワールドの台頭、赤ワイン志向、フランスにおけるソペクサのような販促を支援してくれる機関の不在など、様々な要因が絡み合い、日本でのドイツワインの影がすっかり薄くなってしまっているのは悲しい限りです。

ところで皆さん、ドイツワインといえばどんなワインを思い浮かべますか?黒猫や聖母のラベルでしょうか?「ドイツワイン=安価で甘いワイン」という初心者向けのイメージだとの意見をよく耳にします。

しかし、現在ではそんなワインばかりではありません。ここ20年で大きく様変わりしました。個々の小規模ワイナリーの躍進もさることながら、糖度ではなく畑の優劣に焦点を当てた格付けワインが2000ヴィンテージからリリースされる等、大小様々な動きが生まれています。ドイツワインが今どうなっているか、少しだけお伝えしたいと思います。

変化その1:まずは見た目から

ドイツワインのラベルといえば、花文字や緻密なイラストに彩られた古式ゆかしいものを連想されるのではないかと思います。そこに記されているのは、生産者名、ヴィンテージ、村名、畑名…ここまでならブルゴーニュのワインでも同じです。しかしその後さらに品種や格付け、味わいのタイプまで続く場合があります。フィラディスで唯一取扱ったドイツワイン生産者の畑で例を作ると、ヴァインホーフ・ヘレンベルク 2009 ショーデナー・ヘレンベルク リースリング トロッケンベーレンアウスレーゼ 長い上に、耳慣れない方にとってはまるで呪文ですね。

しかし現在ドイツの各生産地では、クラシックなラベルから脱却し、よりシンプルでわかりやすいデザインを採用する動きが活発になっているのだとか。『ワインの見せ方』に対する関心が高まっているのです。

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「輸出を伸ばすためには誰もが理解できる表示にすることが必要だ」と語る生産者の記事を目にしました。表ラベルには生産者名、ヴィンテージ、ワイン名、品種名、甘口・辛口のみを記載し、ラベルやキャプセルの色でも味わいのタイプを分類しているのだそうです。詳細は裏ラベルに表示するようになっています。

そういえば先日ドイツの試飲会で久々に会った生産者が、濃い緑と金を基調とした重厚なラベルから、シンプルな白いラベルにデザインを変更していました。統計上、白いラベルのほうが小売店で消費者の目に留まる率が高く、ワイン名も認識されやすいとのこと。確かに、以前ワインショップでこの生産者のボトルが棚の一番下に陳列されているのを見た時、ラベルの色が濃すぎて何のワインかよく分からなかったことを思い出しました。ドイツ国内のマーケットでもいかに消費者の関心を引くかが問題なのですから、競争相手がより多い国際市場で勝負するためには『目立つこと』と『理解されやすくすること』が課題となるのは当然のことでしょう。

同様の理由から、流通量の多い手頃な価格のワインにはドイツワインの象徴たる細長いボトルではなく、より親しみやすいボルドー型のボトルを用いる生産者も増えています。ワインに詳しくないドイツの若い消費者からは、伝統の形状よりボルドー型が好まれるのだそうです。

また、シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)のワインはブルゴーニュ型のボトルに瓶詰めされるのが一般的です。実はドイツのピノ・ノワールの栽培面積はフランス、アメリカに次いで世界第3位。とても力が入れられている品種なのです。1980年代からバリックを使ったワイン造りが取り入れられ、現在では香りに土っぽさのある素朴なものから、うっとりするような香味を備えたものまで、産地や価格によって様々なタイプが造られています。

変化その2:格付けの呼称も分かりやすく

生産者レベルだけでなく、公的にも『消費者により分かりやすく』を意識した動きがあります。生産地が限定された上位格付けとしてQbAやQmPという呼称を目にしたことがあるかと思いますが、正式名称は非常に長く覚えにくいです。略字も慣れていなければ混同しがちだと思います。そこでドイツワイン法が改正され、それぞれの呼称は下記のように簡略化されました。

◆旧:QbA(Qualitätswein bestimmter Aubaugebiete) → 新:Qualitätswein クヴァリテーツヴァイン

◆旧:QmP(Qualitätswein mit Prädikat) → 新:Prädikswein プレディカーツヴァイン

因みに先日、ワインの試験対策用の教本の最新版を何冊か見てみたのですが、まだQbAやQmPの旧名が掲載されているものがありました。日本でのドイツワインの注目度ってこんなところでも低いんだなあ…とちょっと寂しくなりました。

教本ついでにもうひとつ、『Classic クラシック』と『Selection セレクション』について。ワインの試験対策で目にされた方も多いかと思います。辛口ワインに対する新たな呼称で、簡単に言うと「辛口ワインを買うならこれが間違いない!」と消費者にアピールできるよう制定されました。2000ヴィンテージから適応されましたが、現在はほとんど見ません。生産するための規定が多いのか、狙ったほど訴求力がないのか定かではありません。もしかすると次の【変化3】で述べる新しい格付けのように他に注力したいものがあるのかもしれません。

一方、法的に規制はありませんが…というよりむしろ規制がないからなのでしょうが、古樹を意味する『Alte Reben アルテ・レーベン』という言葉がアイテム名によく見られるようになりました。大体樹齢40年以上で使われているようです。若樹に植えかえてブドウの生産性を上げることよりも、収穫量が落ちても古樹ならではの深みや複雑味を重要視するようになったのだろうと思います。多くの生産者が意識し、実際に修業に行く人も珍しくないフランス・ブルゴーニュの『ヴィエイユ・ヴィーニュ(古樹)』という概念が浸透してきた結果でしょうか。他には、より上級のものを示す"S"や、長い熟成期間を表現した"R"もアイテム名によく見られます。

変化その3:新しい格付け

現在進行形で発展している格付けもあります。1971年に制定された現行のドイツワイン法はワインになる前の果汁の糖度を格付けの基準としています。遅摘みやボトリティス、凍結などにより糖度が凝縮したブドウから造られる高貴な甘口ワインはドイツならではの作品だと思います。しかし、糖度を格付けの軸に据え、基準となるレベルをクリアすれば畑の優劣に関係なくワインは法的に同じ品質を保証されるというのは問題です。実際のクオリティ、味わいには天と地ほどの開きがあるからです。

この格付けにより「ドイツワイン=甘い」というステレオタイプが生まれました。また今でこそ少なくなったものの、「甘い=価値がある」といわんばかりに、もしくは豊かな酸を安易に和らげて飲みやすくするために、ズースレゼルヴェというブドウの甘い濃縮果汁が仕上げに添加されることも行われてきました。このような大手生産者による大量生産品の格付けワインが横行し、質とイメージの下落を招いたといわれています。

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世界大戦前にはドイツでは畑の格付けが大切にされていました。最上の畑からのワインはボルドーのトップシャトーと同等の価値で取引され、時にはその何倍もの価格が付けられたといいます。糖度による格付けで状況はすっかり変わってしまいましたが、1980年代から品質を重視する小規模生産者達のテロワール回帰への動きが徐々に高まり、糖度を基準とした現行の格付けとは別に、ブルゴーニュのように畑の優劣をベースにしたもうひとつの格付けが2000ヴィンテージから新たに施行されたのです(上図)。同時に世界的な辛口志向を考慮し、ピラミッドの頂点にあるエアステ・ラーゲからのドイツ最高の辛口ワインに対しグローセス・ゲヴェクス(ラインガウではエアステス・ゲヴェクス)という呼称を設けました。

しかし、まだまだ問題もあります。この畑による格付けは、ラインガウ地方では州法で公に認められているので、ラインガウ全域で畑が精査され、またラインガウの生産者全員がエアステス・ゲヴェクスの呼称を使用することができます。一方その他の地域では、畑の格付けおよびグローセス・ゲヴェクスという呼称はVDP(ドイツ優良ワイン生産者協会)という生産者組合独自のものになりますので、VDP非加盟生産者の畑は特に注目されず、またグローセス・ゲヴェクスの呼称を用いることはできません。

さらにVDPは2012ヴィンテージよりこの格付けピラミッドのエアステ・ラーゲからさらに優れた畑を分離し、階層を4つに分けました。下から順に、グーツヴァイン→オルツヴァイン→エアステ・ラーゲ→グローセ・ラーゲと、ちょうどブルゴーニュにおけるACブルゴーニュ→ヴィラージュ→プルミエクリュ→グランクリュと対比できるようにしたのです。加盟・非加盟生産者の間で差があるだけではなく、ドイツ全体でも統一されていないのは紛らわしいですね。

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VDPというのは、加盟生産者が200名あまり、ブドウの生産量はドイツ全体の2%しかありませんが、その売上は全体の8%を占める『量より質』の生産者組合です。

温暖化の影響から、ここ10年でブドウが熟さない年はなくなったといわれるものの、ドイツは南ヨーロッパと比べれば条件が厳しいブドウ栽培地です。機械を使うことができずザイルを頼りに手作業でブドウの世話をするほかない急斜面の畑も少なくありません。品質を求めた時、ワイン造りにかける手間を考えれば、他の恵まれた産地にはコストパフォーマンスでは到底太刀打ちできないのです。それ故、VDPは畑を格付けすることで品質を追求し、ブランド力を高めることに活路を見出したのです。

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まだまだ整備が必要ではあるものの、新しい畑の格付けを基にVDPがドイツワインを引っ張っていこうとする気概は感じられます。この格付けが成功し、ドイツの全生産者に適応されるようになるとしても何十年と時間がかかるでしょう。しかし、うまく行けばドイツワインの未来は明るいものになるかもしれないとひそかに期待を寄せています。彼らの目論見が成功することを切に望みます。

とりあえず今のところは、『グローセ・ラーゲ』のマークが付いているワインは甘口・辛口関わらずVDPが定めたグランクリュ・クラスの畑からのワインで、『エアステス・ゲヴェクス』のマークが付いているワインはラインガウの最上級畑の辛口だと思って下さい。

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リースリングの特徴≠ペトロール香

最後に、ドイツといえばなんといってもリースリングですね。ワインの資格試験を受ける際「リースリングの特徴はペトロール香である」と習った方も多いかと思います。しかしドイツワインに親しむようになり、熟成したリースリングにはそれがあてはまるにせよ、若いものには桃や柑橘類、花やハーブが香ることがあってもペトロール香などしないと思うようになりました。

フランスのアルザスでもワイン造りを始めたローヌの御大シャプティエが「リースリングにペトロール香などあるべきではない」と断言した記事がデカンター誌のサイトにあります。歴史的なワインの欠陥がそのキャラクターの一部として受け入れられているなんて馬鹿げている、と言い切ったその記事のコメント欄に様々な意見が寄せられているのが印象的でした。暖かすぎる生産地や醸造的に問題のあるリースリングには、若くしてもこのペトロール香が出ることが近年分かってきました。ドイツのような冷涼な産地で真っ当に造られた若いリースリングでは、是非クリーンな果実と鮮烈な酸、存在感あるミネラルのコントラストを楽しんでいただきたいと思います。

現在ドイツでは既存の著名ワイナリーが切磋琢磨し合うだけでなく、外国での修業経験を持つ後継ぎ世代や、家業とは全く関係のないところからワイン造りに飛び込んだ生産者など、沢山の新風が吹いています。ドイツワインを体系的にご紹介してそれが根付く土壌を育てるべきなのか、ドイツワインとしてではなく美味しいワインとしてご案内し続けていく方が受け入れてもらいやすいのか、どうすれば今のドイツワインを飲んでもらえるようになるのかを考えています。シャンパーニュやブルゴーニュ、北イタリアの白、北アルザスの白がお好きな方、きっちり酸のたった涼しいワインがお好きな方には、機会があれば是非ドイツワインを試していただきたいと思っています。まだまだお伝えしたいことはありますが、今回はこの辺で…。

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熟成ワインの魅力(後編)

熟成ワインの魅力(後編)

前編では、ワインの熟成が単なる時間の経過ではなく、構造的・化学的な変容プロセスであることを解説しました。そこには、果実味やタンニン、酸などの要素が複雑に絡み合い、時間とともに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 もに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 後編では、まずはワインの色調変化から解説し、長期熟成に適した品種や産地の特性を整理します。あわせて、品質を左右する熟成環境──保管方法や温度・湿度管理の要点についても、具体的に見ていきます。 4. 色の変化:時が刻むワインの色調の移ろい ワインの外観、特にその色調は、熟成度合いや健康状態を判断するための重要な視覚的手がかりとなります。熟成のプロセスは、ワインに含まれる色素成分(赤ワインではアントシアニン、白ワインではフラボノイドなど)が、酸化、重合、分解といった化学変化を経ることで、色調に顕著な変化を引き起こします。 赤ワインの色の変化: ・若年期(Young): 若い赤ワインは、紫や濃いルビーの色調を呈することが多く、鮮やかで密度の高い印象を与えます。特に若いカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーな

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熟成ワインの魅力(前編)

熟成ワインの魅力(前編)

「熟成」。ワインの世界において、この言葉は単なる時間経過以上の、複雑で深遠な意味合いを持ちます。若々しいワインが瓶の中で静かに変容を遂げ、新たな香りと味わいを獲得していくプロセスは、多くのワイン愛好家を魅了し、探求心を刺激してやみません。しかし、熟成の本質とは何か?どのような要素がワインに長期の熟成能力を与え、その過程でどのような変化が生じるのか?そして、そのポテンシャルを最大限に引き出すための理想的な環境とは? 今号と次号のコラムでは、ワインの熟成という多岐にわたるテーマを、6つの主要な側面から深く掘り下げていきます。熟成の基本的なメカニズムから、熟成ポテンシャルを持つワインの特徴、香りや色調の変化、品種やテロワールの影響、そして熟成環境を左右する保管方法まで、ワインが時を経て見せる神秘的な変容の核心に迫りながら、熟成の奥深い世界を探求していきましょう。 1. 熟成とは何か?:ワインが遂げる変容のプロセス ワインにおける「熟成」は、単なる「古くなること」とは一線を画します。それは、瓶という閉鎖された環境の中で、ワインに含まれる無数の化合物が、酸素との微細な相互作用や、互いの

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太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

「ワインは太陽の光に満ちた水である。―― Le vin est de l’eau emplie de soleil.」 これは、ワイン造りにおける太陽光の重要性を表したフランスのことわざです。 太陽の光がなければブドウ樹は成長せず、果実も実らず、そして熟すこともありません。光は光合成の必須要素であり、ポリフェノールの蓄積を促し、香り成分の形成にも深く関わっています。さらに、太陽がしっかりと降り注ぐ環境では湿度が低く保たれるため、カビによる病害の発生が抑えられ、健全な果実の収穫にもつながります。 しかし、太陽光の恩恵がブドウの品質にとって“絶対条件”だった時代と比べ、現代の多くの産地では状況が変化しています。今では、過剰な日射はむしろ品質を損ねる要因となり、世界各地で見られる「日焼け果」や「萎れ果」はその象徴的な例です。 本稿では、11月に筆者が訪れたチリのワイン産地でのインタビューを交えながら、太陽光がもはや単なる“恵み”ではなく、ブドウの品質を左右する「最適化すべき必須条件」となっている理由を探っていきます。 葉への作用―光合成 光・二酸化炭素・水を必要とする光合成におい

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