スマートフォンアプリから見るワインとテクノロジーの関係 (システムエンジニア 加藤 清明)

スマートフォンアプリから見るワインとテクノロジーの関係 (システムエンジニア 加藤 清明)
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「偽物ワインの対策のためにITが活用されている」という情報を耳にしたので、興味を持って調べてみたところ、ワインのボトルやラベルにスマートフォンをかざすと、それが本物か偽物かを判定して画面表示してくれるというアプリがあることを知りました。 そこからさらに興味が拡がり、情報収集を進めるにつれて、ワインに関するスマートフォンアプリを数多く調べました。良い機会がもてましたので、そのときに見つけたスマートフォンアプリの中から、興味深かったものをいつくかをご紹介したいと思います。


(1):i-Proof

冒頭で述べた「スマートフォンをかざすと本物か偽物かがわかる」アプリです。とはいえ、すべてのワインについてそれができるのではありません。「プルーフタグ」とよばれる、フランスの
ブランド保護企業が開発したシールが貼ってあるワインが対象です。

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簡単に説明すると、透明なポリマーの中に無数の泡を自然形成させて、その泡の模様でワインの真偽を証明するものです。「プルーフタグ」のシールにはこの泡模様が描かれていて、これとワイン製造元のマスターデータを照合し、同じ模様ならば本物だということになります。同じ模様の泡は二つとなく、コピーすることが不可能だそうです。また、ワインを開けるときに必ず破壊されるように貼り付けることにより、開栓済みのタグを再利用できなくしています。そして、スマートフォンのカメラでこのタグを撮影することによって、目の前の泡の模様とデータベースに登録された画像を比較することができるのがこのアプリです。

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一説によると、これは銀行の紙幣にも劣らない精度があるそうで、その価値が評価されて、シャトー・マルゴー、シャトー・ラフィット、シャトー・ラ・トゥール、シャトー・オーゾンヌ、ドメーヌ・ポンソ などをはじめ、世界中で採用するワイナリーが増えているとのことです。

難点は開発会社へのライセンスコストがかかることで、そのためにまだ一部の高級ワインだけの利用にとどまっています。しかし、世界中のすべてのワインにこのタグが付くようになれば、偽造ワインを撲滅できるという期待があります。消費者とワイン生産者の双方にとって(そして開発会社にも)大きな利益になるはずなので、高級ワインにはできるだけ早く採用されるのが望ましく、さらなる生産者側の努力が求められるところではないかと思います。

(2)Smart Bordeaux

ボルドーワイン委員会(CIVB)が公開しているスマートフォンアプリで、ボルドーワインについての多くの情報を検索して調べることが出来ます。ボルドーワインの公式アプリとして、ご存じの方も多いのではないでしょうか。公式アプリというだけあって、その情報量が充実していて、品種・土壌・シャトーの歴史・受賞歴・収穫方法・熟成方法・添加物・テイスティングのコメント・アロマ・飲む温度・マッチする食事などが網羅されています。また、シャトーの連絡先も掲載されていて、メールアドレス、電話番号、ホームページやフェイスブックのページなども記載されていて、その画面からコンタクトを取れるようにもなっています。

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「情報を網羅して提供する」という目的のアプリは他にも多くあり、たとえばイタリアのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会も、同様のコンセプトで『iBurunello』というアプリを公開していて、公式ならではの豊富な情報を調べることができます。

いわゆる”公式”以外のアプリでも、豊富な情報を提供してくれるものとして、『Enogea Barolo docg Map』というアプリがあります。これはワイン畑の情報を提供するアプリで、バローロ地区のぶどう畑についての情報がわかりやすく整理されています。各区画の様子を、地図だけでなく、写真に色を付けて斜面の様子までわかるようになっているなど、とても丁寧に作られているのが特徴です。

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話をSmart Bordeauxに戻しますと、これをご紹介しようと思ったのは、先に紹介した偽造ワインへの対策としての機能も持ちあわせているからでした。というのも、このアプリのワイン検索機能のひとつとして、ワインラベルをスキャンしての検索という機能があります。これは、画像解析の技術を使って、スキャンされたラベルとデータベースに登録されているラベルを照合して、一致している情報を返すというものです。つまり、ラベルをスキャンして本物であれば情報が表示され、偽物であれば表示されないという仕組みです。

先に紹介しましたi-proofの懸念点であるライセンス料のコストをかけずに、現在使っているラベルを変更しないでそのまま利用できるのがメリットですが、その代わりに精度の高さを犠牲にしていて、まだ改良の余地を残しています。

(3)Vinica

公式ホームページにはカメラアプリとして紹介されていますが、ソーシャルネットワーク (SNS)としての特色が強いアプリです。基本的な機能としては、自分が飲んだワインの記録を付ける機能と、それをコミュニティ内の他のユーザーと共有する機能があります。コミュニティサイトの運営実績の豊富なカカクコムが起ち上げたサービスとして注目を集めています。

最近では、ラベルを撮影することでワインの銘柄を調べるというアプリが多く登場するようになり、情報技術の進化が実感できるようになりました。このアプリにも、ラベルの写真を投稿すると、翌日に銘柄が自動で登録されるという面白く便利な機能が付いています。

ただ、少しのタイムラグがあるということは、まだ人手の入る余地が残っているということかもしれません。それは解析したデータが正しいのかをチェックすることだったり、もしかすると、検索自体をスタッフ自身の目で行っているのかもしれません。

この例では推測することしか出来ませんが、一般的に最先端のテクノロジーが使われているサービスの裏で、人手の地道な努力が行われているということは IT業界では珍しくなく、そんな陰の苦労を想像するのも案外楽しいものです。

ソーシャルなサービスの特徴として、ユーザーの口コミからワインの情報が集まることによりデータベースが充実し、そこから多くの情報が検索して調べられるようになります。先に紹介した『Smart Bordeaux』も「ワインに関する多くの情報を集めて検索できるようにする」という目的は同じですが、情報を集めるアプローチは違っています。これらは、どちらが優れているというわけではなく、お互いに補完しあう関係にあり、消費者はその両方を便利に活用できるというバランスがつくられています。この、「公式な情報」と「ソーシャルな情報」の双方が高めあって進化するという点は、ネット(情報)社会のひとつのトレンドといえるでしょう。

また、コミュニティが成長すると、「公式」に対する「ソーシャル」という二極構造から、ソーシャルな部分が多様化して、複数のコミュニティが並立することもあります。コミュニティのもつ性格によって、集まる人や情報に良い意味で偏りが生じ、それが多様性を生みます。その結果、全体として多様なソーシャル・コミュニティ群が形成され、豊かな文化が育まれます。

ワインのソーシャルネットワークがそのように多様化すると、上の Vinicaのような消費者目線での情報が集まるコミュニティの発展の他にも、世界中のワインの専門家たちが情報を共有するコミュニティが発展し、新しい価値が生まれるでしょう。個人的にも、ワイン業界に従事するエンジニアとして、そのようなプロフェッショナルなツールとしてのワインのアプリをつくるということに興味をもっており、それによって多少なりともワインビジネスに貢献できたらいいなと思っています。

最後に、このニュースレターで紹介したアプリの一覧と、作成する際に参考にした Webサイトを次ページでご紹介します。

アプリはiPhone、またはAndroidのアプリストアから検索して購入することができます。

【紹介したアプリ一覧】

『i-Proof』(iPhone)

『Smart Bordeaux』(iPhone、Android)

『iBrunello』(iPhone)

『Enogea Barolo docg Map』(iPhone)

『Vinica』(iPhone、Android)

【参考サイト】

・「ワイン生産者は、真剣にワインの偽造に対処すべき
ワールドファインワインズのニュース記事です。関連ページへのリンクも通して偽造ワインの問題について調べる際の起点としました。

・『Château Margaux – Vérifiez l’authenticité de votre bouteille』(iPhoneアプリ)

シャトー・マルゴーが公開している、マルゴー専用のプルーフタグiPhoneアプリです。2011年3月7日以降にボトリングされたシャトー・マルゴー、パヴィヨン・ルージュ、パヴィヨン・ブランのデータが照合できるようになっています。

・「Smart Bordeaux(公式サイト)

CIVBによる『Smart Bordeaux』アプリのサービスサイトで、ダウンロードリンクがあります。また、ワインのテキスト検索機能だけならば、このサイト上でPCから使うことができます。

・「ワインの偽造をスマートフォンで撃退

国際ニュースサイトAFP BB Newsの記事です。偽造ワイン対策としての『Smart Bordeaux』はこれを参考にしました。また、プルーフタグについての説明もわかりやすく書かれています。

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