熟成前酸化 プレマチュア・オキシデーションの原因とは?(営業 加藤 武)

熟成前酸化 プレマチュア・オキシデーションの原因とは?(営業 加藤 武)
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フランス・ブルゴーニュでは、プレマチュア・オキシデーションについて大変興味深い話を生産者から聞くことが出来ました。 今回訪問したのは、Arnaud Tessierアルノー・テシエと並び今ムルソーで最も注目されている生産者、Pierre Boisson Vadot ピエール・ボワソン・バドの現当主ベルナール・ボワソン氏です。


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プレマチュア・オキシデーションPremature Oxidation(以下、PMO)はプレモックスやザ・ポックス等と略されて呼ばれており、熟成前酸化(=劣化)の状態のことを指します。特に2000年代に入って強く問題視されており、ワインを扱う皆様は実際にこの状態に陥ったワインに出会ったことがある、あるいはPMOの解説や原因について書かれたものを読まれたことがあるのではないかと思います。

PMOが起こる原因については多くの評論家や生産者が言及していますが、未だに全てが解明されていないのが現状です。そんな状況の為、今回私がその正解を発表します!!という訳にはいきませんが、一生産者の見解として納得させられる所が多かったのでお伝えさせていただこうと思います。

【PMOの原因についての一般的な見解】

まずこのPMOとはどの様な状態を指すのか、また要因として考えられている一般的な見解を整理しておきます。

熟成前酸化という言葉通りなのですが、本来持ちうるはずの熟成年数を経過する前に過度に酸化してしまい、不快なシェリー香が生まれたり果実味が失われたり、色調も褐色がかった色になった状態です。主に白ワインで見られる現象で、特に 1996年のブルゴーニュの白ワインに一番多く見られ、2000年前後にかけて特に多く発生したことで大問題になりました。問題が顕在化したのが1996~2000年頭のヴィンテージに集中しているため、この時期にワイン造りにおいて変化した部分に原因があると推測されます。

更に、PMOは特定の産地で多く発生するものではなく、一部の生産者に頻発する傾向があります。つまり、全くPMOが起こらなかった生産者と多く発生した生産者がいて、そのことから原因はそれらの生産者の生産過程のどこかにあると考えられています。また、PMOが発生しなかった生産者のワインの特徴としては、いわゆるクラシカルなスタイルで酸が高いという傾向も見られました。

こういった状況からいくつかPMOの原因として考えられていることがあります。まずは『SO2の添加量が少ない』こと。これは単純に酸化を防止する為のSO2が足りなかったという話なので理解できます。自然な味わいを求めることの代償だったのでしょうか。続いて『バトナージュの多さ』です。ワインの味わいに独特のふくらみを与えることが出来るため、世界的に導入されていますが、早く楽しめるスタイルを実現する代わりに何かを失っているのかもしれません。これらの他にも質の悪いコルクやコルクの漂白に使われる過酸化水素の存在等も挙げられています。

SO2は96年頃から使用量が低下している傾向があると思いますので関係性はありそうですし、他の要因も理解できます。しかし、生産者によって発生する/しないという状況があることはこれだけでは説明がつきません。

【ベルナール・ボワソン氏が考えるPMOの原因】

では、ベルナール・ボワソン氏が指摘するPMOの原因とはどういったものでしょうか。あくまで彼個人の見解ですので、必ずしも全て正しいとは言えないことだけはご了承ください。

①収穫が遅い(=酸度の低下)

Pierre Boisson Vadot は村で一番収穫が早く、フレッシュな酸を確保しています。収穫が遅いと酸量も減り、収穫前から酸化が始まってしまうとのことです。

20年前のブルゴーニュの白ワインは非常に酸が高く、酸っぱかった印象があります。収穫の時期自体は変わっていないのですが、温暖化の影響でブドウが早く熟すようになっており、以前に比べてブルゴーニュ全体の酸度が低下しているのです。元々酸っぱすぎるワインを問題視して戦い続けてきた生産者たちは、“ブルゴーニュ=酸が高い”という意識のままブドウの糖度ばかりを気にするあまり、“酸を保持する”ことは二の次にしてしまったのかもしれません。

②過度のデブルバージュで澱が少ない

③空気圧プレス等の普及により、よりクリアな果汁を得ようとするあまり澱が少ない

②・③どちらもクリアな味わいのワインを目指すあまり、ワイン中の様々な成分の沈殿物である澱を取り除きすぎることが原因だということです。澱は酸化の逆で還元的な要素を持ち酸化からワインを守る役目があります。

④ボトル詰めが早い
現在ブルゴーニュの白ワイン造りではフレッシュな味わいを好みボトリングを早める傾向にありますが、Pierre Boisson Vadotでは18カ月以上樽熟成を行っています。長い熟成期間故その分ワインも瓶詰め前に適度に酸素と触れあうことになります。元々酸化しているワインは酸化に強いという考えです。

⑤N2 窒素肥料が多い

肥料中の窒素をブドウが吸収し、ワインにも含まれることが原因だという見解でした。

その他、上述した⑥粗悪な天然コルク 等も挙げていました。

原因が一つだけとは限らず様々な要因の組み合わせによる物だとも考えられますが、ベルナール・ボワソン氏が挙げた 原因に妙に納得させられてしまったのは、確かにPierre Boisson Vadot のワインが酸化に強かったからです。訪問時に試飲用として出してくれたワインは全て5日前に抜栓された物でしたが、どのワインもとても5日前に開けられた物とは思えぬフレッシュさを持ち果実が活きていました。評論家が訪問すると判っている時は更に数日前から抜栓をしておくそうです。

熟成したワインを扱うフィラディスとしては、まだまだこれからも悩まされるであろうPMOですが、早く正しい原因が分かり、 素晴らしい熟成を経たワインを安心して飲めるようになることを祈っております。

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