北海道の7つの海域でワインを熟成、味わいを科学的に分析 株式会社 北海道海洋熟成  本間一慶さんインタビュー

北海道の7つの海域でワインを熟成、味わいを科学的に分析   株式会社 北海道海洋熟成  本間一慶さんインタビュー
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本間一慶さん

「海底に沈んでいた沈没船から、はるか昔のワインが引き上げられた」そんなニュースを皆さんも目にしたことがあるのではないでしょうか。1998年にスウェーデン沖で1907年ヴィンテージの「エドシック・モノポール」が引き揚げられ、完璧な状態だったことが大きな話題になりましたし、2010年にはフィンランド沖で1820年代〜1830年代前半という約200年前のシャンパンが見つかったことも注目されました。
暗い海底で眠り続けたワインはどんな味わいなのか・・・ワインラヴァーであればとてつもないロマンを感じるとともに、出来ることなら一度味わってみたいと思うことでしょう。

まさにそうした思いからご自身で海洋熟成に挑戦し、科学的にも官能的にも味わいの違いについて研究されている株式会社 北海道海洋熟成、代表取締役の本間一慶さんにお話を伺いました。

北海道での海洋熟成をはじめたきっかけ

2010年に難破船から引き上げられたお酒がオークションにかけられるというニュースを見て興味を持ちました。飲んでみたいとは思うものの、非常に高額で手が出ない。それなら自分で沈めてみようと思ったのがきっかけでした。 最初はつてを辿って千葉で行われていた海洋熟成のプロジェクトに参加し、6ヶ月間と短い期間でも海底で寝かせたワインやウイスキーに味わいの変化が生じることが分かったため、地元である北海道の海でやってみようと決心しました。

北海道で海洋熟成をすることには2つのメリットがあります。

一つは、台風の影響を受けにくいこと。本州だと台風で沈めたお酒がさらわれてしまうことがあるため、夏時期には海の中に入れておくことが出来ませんが、北海道ではそこまで勢力が強い台風は来ないため、1年を超える長期間の熟成が可能になります。

二つ目は、水温が低く保たれること。沈没船のように水深が深いところに沈めるのであればどこの海でも問題ないかもしれませんが、引き揚げや日々の管理を考えると10〜30mが限界です。水深が浅いと外気温の影響を受けやすく、夏に30℃近くにもなるような関東以南の海ではどうしても熱による劣化の不安が付きまといます。 その点、夏でも25℃を超えることがない北海道であれば安心です。

デッドスペースを活用し、漁師さんとWin-Winの関係を構築

海洋熟成を行うには、その地域の漁場を管理している漁協や漁師さんの許可や協力を得る必要があります。また、海流で流されないような設備や盗難への対策、定期的な見回りができるように整えなければなりません。

北海道では一からの試みでしたが、様々な出会いが重なり、厚岸で牡蠣の養殖を行う漁師さんと一緒にすぐにお酒を沈める算段を整えることができました。その後も各地の漁師さんとのつながりを地道に増やしていった結果、現在は7ヶ所で海洋熟成を行っています。私はバーテンダーとして様々なお酒を扱ってきましたので、ワインだけではなくウイスキーや日本酒、更には醤油や味醂などの調味料も熟成させています。

実際に漁師さんと一緒にプロジェクトを始めてみると、漁師さんが管理する養殖施設や定置網が非常に海洋熟成に向いていることが分かってきました。
例えば厚岸などの牡蠣の養殖施設ではロープの両端にアンカーを付けて海底に埋め込み、その中間のロープを浮かばせて養殖場として整備していますが、アンカーが埋め込まれている半径15mくらいは漁も養殖も出来ないデッドスペースになっています。しかも、アンカーは過去に津波や台風があっても一度も流されたことがないほど強固です。このアンカーにお酒をくくりつけることで更にアンカー自体も堅牢になりますし、お酒が流される心配が非常に少なく、漁の邪魔にもならず、デッドスペースを有効活用することが出来るというわけです。牡蠣以外の養殖施設や定置網でも同じような仕組みで実施しています。

尚、各地の漁師さんの協力をいただき、クラウドファンディングやECショップなどを通じて沈めたお酒とその海域の魚介類をセットで販売する体制が整ったので、お互いにメリットのある関係を構築出来てきていると感じています。

海域によって異なる味わいに変容

海に沈めた後、味わいに微妙な変化が出始めるのはどの海域も3〜4ヶ月目からです。その後大きく変化してくるのが11〜12ヶ月目からになります。

味わいの変化はもちろん人間の味覚・嗅覚で判断することも重要ですが、同時に正確な変化を捉えるため、食品分析のプロである味香り戦略研究所に依頼して科学的な分析も行っています。

これまでの活動で分かってきたのは、同じお酒を同じ期間熟成させても、海域によって味わいは全く異なるものになるということです。下記のグラフは、海底に沈めていない赤/白ワインと、4つの海域に沈めたワインの味わいの違いを表したものです。

まず、海洋熟成させた方がしていないワインよりも味わいの要素が強く出ていことが分かります。また、それぞれの海域によって、五角形の形には大きく違いが出ています。

能取湖では赤ワインは比較的変化は少ないですが、白ワインでは大きく変化しているように、同じ海域でも熟成させるお酒(=酒質)によって味わいの変化は全く異なるものになることも判明しました。

これはつまり、海域によって熟成環境に違いが有るということに他なりません。更には酒質と海域に相性が存在していることも推測できます。

※味香り戦略研究所が分析データから分かりやすい味わいの言葉に置き換えたもの

海洋熟成によって味わいが変化するのは、波の波動や振動がアルコール分子と水分子を揺らして分子配列を変えているからだと言われています。海域によって味わいが変わるのは、その波動の周波数帯が違うからです。研究が進めば、どんなお酒にどの海域が合うか分かるようになるかもしれませんし、一般のお客様に”好きな海域を選ぶ”という新しい価値を提供できるのではないかと考えています。

7つの海域の違い

現在熟成を行っている7海域の特徴をご紹介します。この他にも漁協や市町村などから引き合いをいただいている場所もあり、今後様々な海域に広げていく予定です。

①厚岸(あっけし)

・汽水湖(淡水と海水が混ざった湖) ・水深10m前後 ・水温は0℃〜25℃ ・比較的浅いため外気温に左右されるため温度は比較的高くなる。 ・干潮が激しく、潮の流れの緩急がはっきりしており、波の波動や振動は強い傾向。

②羅臼(らうす)


・水深20〜30m
・水温は7つの海域の中で最も低く、0℃〜高くても20℃前後。寒流しか流れ込まないため温度上昇は少ない。
・世界遺産に認定された知床のすぐ近くで、水質が良く、環境は非常に良い。
・冬は流氷で閉ざされる(氷の下の海水は0℃以下にはならない)ため、波が起きず潮の流れしか発生しないという特徴がある。

③能取湖(のとろこ)


・汽水湖
・水深15〜20m
・水温は年間平均23℃くらいで若干高め。
・海底は砂地で、沈めた酒のケースに砂がかぶる状態。
・朝は左回りで夜は右回りの潮の流れがあり、朝晩で変わる。
潮の流れ自体は緩やか。

④湧別(ゆうべつ)


・汽水湖、サロマ湖の中の1つの地域
・水深15m前後
・水温は夏でも20℃前後と比較的低い。
・潮の流れは早く、様々な方向からの流れがあり複雑。

⑤知内(しりうち)

・水深約25m ・水温5℃前後〜24℃ ・津軽海峡に面し、北海道で最も潮の流れが早い(最大18ノット、約70km/h)。海流の影響を最も受けると予想される。

⑥木古内(きこない)


・水深約30m
・水温0℃〜23℃
・知内町の隣に位置するため潮の流れは強いが、
大きい湾の中心のため知内町よりは穏やか。

⑦余市(よいち)


・水深10〜15m
・水温6℃〜25℃と高め
・港に近いところに沈めるため、潮の流れは穏やか。
・今年より実施している新しい海域。

早朝から漁に同行し、お酒を沈めたり引き揚げたりといった作業を行います。
時にはこんなゲストが現れることも!

同じ環境で育った魚介類とのペアリングは最高?!

もう一つの価値提案として、海洋熟成させたお酒とその同じ海域の魚介類をペア

リングできたら面白いと考えています。実際に、以前数人で羅臼産のウニに羅臼の海で熟成させたお酒を合わせ、通常保管の同じ銘柄のお酒と比較したところ、海に沈めたお酒の方がマッチングしているという結果になりました。

周波数や振動など全く同じ環境に置かれることで、成分的に相性が良くなる可能性は大いに有ると思います。将来的にはそのメカニズムを科学的にも証明できたら面白いですね。

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熟成ワインの魅力(後編)

熟成ワインの魅力(後編)

前編では、ワインの熟成が単なる時間の経過ではなく、構造的・化学的な変容プロセスであることを解説しました。そこには、果実味やタンニン、酸などの要素が複雑に絡み合い、時間とともに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 もに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 後編では、まずはワインの色調変化から解説し、長期熟成に適した品種や産地の特性を整理します。あわせて、品質を左右する熟成環境──保管方法や温度・湿度管理の要点についても、具体的に見ていきます。 4. 色の変化:時が刻むワインの色調の移ろい ワインの外観、特にその色調は、熟成度合いや健康状態を判断するための重要な視覚的手がかりとなります。熟成のプロセスは、ワインに含まれる色素成分(赤ワインではアントシアニン、白ワインではフラボノイドなど)が、酸化、重合、分解といった化学変化を経ることで、色調に顕著な変化を引き起こします。 赤ワインの色の変化: ・若年期(Young): 若い赤ワインは、紫や濃いルビーの色調を呈することが多く、鮮やかで密度の高い印象を与えます。特に若いカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーな

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熟成ワインの魅力(前編)

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「熟成」。ワインの世界において、この言葉は単なる時間経過以上の、複雑で深遠な意味合いを持ちます。若々しいワインが瓶の中で静かに変容を遂げ、新たな香りと味わいを獲得していくプロセスは、多くのワイン愛好家を魅了し、探求心を刺激してやみません。しかし、熟成の本質とは何か?どのような要素がワインに長期の熟成能力を与え、その過程でどのような変化が生じるのか?そして、そのポテンシャルを最大限に引き出すための理想的な環境とは? 今号と次号のコラムでは、ワインの熟成という多岐にわたるテーマを、6つの主要な側面から深く掘り下げていきます。熟成の基本的なメカニズムから、熟成ポテンシャルを持つワインの特徴、香りや色調の変化、品種やテロワールの影響、そして熟成環境を左右する保管方法まで、ワインが時を経て見せる神秘的な変容の核心に迫りながら、熟成の奥深い世界を探求していきましょう。 1. 熟成とは何か?:ワインが遂げる変容のプロセス ワインにおける「熟成」は、単なる「古くなること」とは一線を画します。それは、瓶という閉鎖された環境の中で、ワインに含まれる無数の化合物が、酸素との微細な相互作用や、互いの

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「ワインは太陽の光に満ちた水である。―― Le vin est de l’eau emplie de soleil.」 これは、ワイン造りにおける太陽光の重要性を表したフランスのことわざです。 太陽の光がなければブドウ樹は成長せず、果実も実らず、そして熟すこともありません。光は光合成の必須要素であり、ポリフェノールの蓄積を促し、香り成分の形成にも深く関わっています。さらに、太陽がしっかりと降り注ぐ環境では湿度が低く保たれるため、カビによる病害の発生が抑えられ、健全な果実の収穫にもつながります。 しかし、太陽光の恩恵がブドウの品質にとって“絶対条件”だった時代と比べ、現代の多くの産地では状況が変化しています。今では、過剰な日射はむしろ品質を損ねる要因となり、世界各地で見られる「日焼け果」や「萎れ果」はその象徴的な例です。 本稿では、11月に筆者が訪れたチリのワイン産地でのインタビューを交えながら、太陽光がもはや単なる“恵み”ではなく、ブドウの品質を左右する「最適化すべき必須条件」となっている理由を探っていきます。 葉への作用―光合成 光・二酸化炭素・水を必要とする光合成におい

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