なぜワインのプロは北海道を目指すのか? Case1:レストラン マノワ 中村 豪志オーナーソムリエ

なぜワインのプロは北海道を目指すのか? Case1:レストラン マノワ 中村 豪志オーナーソムリエ
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近年日本ワインの最前線として注目を集める北海道。ワインのプロフェッショナル達もこぞって北海道でのワイン造りに参画しています。
ワイン造りにおける北海道の優位性は何か、どんな魅力があるのかについて、彼らへのインタビューを通じて紐解いていきたいと思います。第1回目の今回は、「レストラン マノワ」オーナーソムリエの中村豪志さんにお話を伺いました。

北海道・道南地区が第二のブルゴーニュになる日を夢見て

北海道森町との出会い

中村さんのワイン造りへの挑戦はまだ始まったばかり。今年4月に北海道道南地区の森町(もりまち)に5haの畑を得て、5月にはピノ・ノワールとシャルドネの苗木を900本植樹し、ワイン用ブドウ栽培を開始しました。 日本随一のブドウとワインの産地である山梨県の出身の中村さんが、なぜ北海道の森町でワイン造りを行うことになったのか。そのきっかけを伺いました。

山梨県の山林が多い地域で生まれ育った中村さんですが、父親が日本第2位の高峰である北岳で山小屋を営むかたわら狩猟を行っていたこともあり、幼少期から手伝いをしているうちに自然とご自身もハンターとして父親の銃を受け継ぐことになりました。

「20歳で調理師学校を卒業してレストラン業界に入りました。その後、2011年にマノワを立ち上げた時にはお金が一銭もなかったのですが、狩猟を通して出会った方に無償で譲渡してもらったという経緯があります。その方達と鴨撃ちに行ったのが北海道の森町でした。」
その後、森町とはジビエを通じて深く付き合っていくようになります。

森町には狩猟のコミュニティはあるものの解体所がなく、9割は捨てられていたという現状を知った中村さんはジビエの解体所を開設し、地元の収益を上げる手伝いをかって出ました。獣害被害を減らし、食肉として美味しく命をいただき、収益を町に還すという循環のシステムを作り上げて1年経った頃、次に何をやるかと考えた時に自然と出てきたのがワイン造りでした。

山梨ではなく、北海道でワインづくりを行う理由

なぜ地元の山梨ではなく、北海道だったのか。その答えは、中村さんご自身のワインに対する強い思いと、将来を見据えての現実的な選択の中にありました。

まず、マノワではグラスワインも含めてフランスワインしか扱っておらず、ご自身の思い入れが最も強く、造りたいワインもブルゴーニュとシャンパーニュスタイルのワインであることが挙げられます。温暖化の影響で山梨でも年々気温が上がり、将来的に希望通りのワインを造ることは難しくなってきています。
また、山梨ではウイルスの問題も深刻であり、事業を展開する上ではリスクとなりうること。そして土地も良い場所はすでに押さえられている上に価格が高騰しており、まとまった土地を手に入れるのは不可能に近い状況があります。

北海道であれば、逆に積算温度が足りるかどうかといった懸念はありますが、暑すぎるという問題は解決できます。そして、函館やワイン特区がある余市などすでにワイン産業が盛んな地域もあるものの、まだまだ飽和にはほど遠く、土地が余っており参入が容易です。
更には、町をあげてプロジェクトを行っていたり補助金が出るといったサポートが手厚いこと。現在活躍している北海道のワイナリーには実験的に様々なチャレンジをしている方が多く、若手が挑戦できる素地があることも大きかったと言います。

森町の魅力

森町の5haの畑は町有地を借りる形で取得していますが、北海道の中でも森町を選んだのはなぜなのでしょうか。先述の通り、ジビエを通した縁があったのはもちろんですが、それ以外にも数々の魅力がありました。

1. ワイン造りの歴史と土壌

森町には1970年代から1980年代にかけて、函館ワインの前身であるワイナリーがありました。遅霜の被害があったため撤退してしまいましたが、温暖化の影響で遅霜は少なくなっているのではないかと考えられます。 また土壌調査によって、駒ヶ岳という活火山がある影響で火山帯土壌であり、非常に水はけが良くブドウに向いていることが分かっています。 冬の厳しい寒さに耐えられるのか、積算温度が足りるのかなど未知数の課題はたくさんありますが、「やってみなければ分からない」という言葉が印象的でした。

2. 応援してくれるコミュニティ

中村さんによると大きな魅力の一つに“人”が挙げられるとのこと。「ジビエの解体所の運営や、畑の取得に伴い農業委員会に出席した経験から、森町コミュニティとして応援して背中を推してくれるベースがあると感じていました。町長さんもお若く意欲的なことも影響していると思います。」 今回取得した畑がブドウ栽培に適合するならば、将来的には12haまで大きくすることが可能であり、その規模になれば町の一大産業になると期待されています。

3. 農福連携

更に、農業と福祉を繋げる『農福連携』をスムーズに行うことができるというメリットもあります。すでに農作物の下処理や調理などに近くの障害者施設から労働力を出してもらったり、彼らと一緒にブランドかぼちゃを使ったバスクチーズケーキを開発してふるさと納税の返礼品にするといった取り組みを行っており、今後ブドウ栽培やワイン醸造でも雇用の創出に貢献できると考えているそうです。

第二のブルゴーニュになるのではという期待

マノワでは、ジビエの解体所の事業や自治体との協業のベースとして、マノワラボ合同会社を経営しています。マノワラボのスタッフが中心となってブドウ畑を管理していくにあたり、出資している函館の農地所有適格法人でのワイン造りに携わり、経験を積みながら地元の方々とのコネクションを大切にしてきたという中村さん。 5haの畑に今年は900本のブドウの苗木を植えましたが、この先10年近くかけて全体で1万2千本ほどを植樹して育てていく計画です。すぐに理想的な実がつくわけではありませんので、ワインが出来上がるのが早くて3年後、味わいに満足がいくものができるとしたら9〜10年後になると予想しています。

非常に時間がかかる上「やってみなければ分からない」未知数が多い事業ですが、森町のある道南地区には農楽蔵やド・モンティーユをはじめ、魅力的なワイン文化づくりを行っている先人がたくさんおり、10年もしたらブルゴーニュのような洗練された産地になるのでは、と夢を抱いていると言います。「ヨーロッパのようにワインを文化として大切に育てられるのか、日本では未知数ではありますが、それができるとしたら道南地区は最有力候補だと勝手に期待しているんです。」

ワイン業界で働く若者に夢を持ってもらいたい

日本の自給率を上げるためにも、一次産業を守りたい

中村さんが自身の理想であるブルゴーニュ・シャンパーニュスタイルのワインを造りたいと考えるには理由があります。 一つは、価格の高騰と温暖化の問題で、フランスワインを気軽に飲めない時代がもうそこまでやってきていること。20歳でレストラン業界に入る時から分かっていたことでもあり、自社輸入も行うなど対応はしてきたものの、今でさえ厳しいわけですから10年後や子どもたちの世代には手に取ることさえできなくなるかもしれません。大好きなブルゴーニュやシャンパーニュの味わいを、自分の手でつくり出すことはできないかと考えたことが森町でのチャレンジに繋がっています。

もう一つは、国産の自給率を上げるためにも、一次産業を守りたいという思いです。北海道も農業従事者の高齢化に直面しており、耕作放棄地も多くあります。ジビエを使って持続可能な循環を構築する試みはすでに始めていますが、レストラン業界にいるソムリエとしても、ワイン造りを通して一次産業を活性化させられると考えているのです。

日本でワインを造りたい若者の道しるべとして

「レストラン業界は体力仕事であることや勤務時間などの問題で、30歳を超えて仕事を続けていくのが難しい業界です。ワインを愛していて、日本でワインを造りたいという若者もたくさんいますが、そこにチャンスがなく、お金など様々な問題が立ちはだかります。それをクリアしてあげたいとも考えています。」

ワインを造りたいと思った時に、まずは農地を手に入れる必要があります。何のコネクションもない場合は農地所有適格法人を立ち上げなければなりませんが、そのためには3つの条件が必須になっています。
一つは、年間150日以上農業に従事していること、二つ目は5年以上農業に携わっていること、そして3つ目は北海道以外で約1500坪、北海道だと約2haの農地を持っていることです。レストランで勤務している方がこの条件を満たすのは不可能に近いでしょう。

しかし今年4月1日から農地法が大きく変わり、3つ目の土地の所有が条件から外れました。5年間、年間150日以上農業に従事していれば、独立して農地所有適格法人を設立し農地を購入することができるようになります。45歳までは国から補助金をもらえるため、資金不足という課題もクリアできます。
中村さんは森町で成功した場合は、ワインを造りたい若者たちが独立するまでの足掛かりになりたいと考えています。植樹したブドウがしっかり実を結び、3年後にワインを販売してお金が回るようになったら、そこからはワイン事業として新しい会社をつくり、人を雇って若者を育てていきたいのだそう。森町で5年間働けば、補助金を使って独立することが可能だからです。

仲間が増えれば森町のワインが世界中に広がることになりますし、若者が森町に集まることで農家の後継者問題や人口流出も解決に繋がります。「応援してくれる森町の方々がたくさんいる状況なので期待に応えたいですし、可能性は大いにあると思っています。」と力強く語ってくださいました。


非常に明確なビジョンを持ち、その実現に向けて一歩一歩丁寧に前進し続けている中村さん。「自然の中で育ったせいか、人は最期土に還るものなのだから、土の仕事をするべきだと常に考えてきました。そんな中、自分に与えられたのはブドウでありワインだったのだと思います。将来的には森町に移り住んでオーベルジュをやりたいですね。ワインやジビエに限らず野菜や海の幸でさえも、全部自分たちで調達したりつくることができる環境を整えたいです。」

北海道・森町が、第二のブルゴーニュのようにワイン文化が根付いた町になる日が楽しみでなりません…!!


レストランマノワ オーナー 中村 豪志氏

1979年1月2日生まれ  山梨県南アルプス市芦安出身 1999年 辻調理専門学校フランス校卒業 1999年 代官山「ラブレー」3年勤務 2002年 西麻布「ル・ブルギニオン」3年勤務 2005年 銀座「クラブニュクス」2年勤務 2007年 代官山「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」2年勤務 2009年 広尾「ア・ニュ」2年勤務 2011年 広尾にレストランマノワをオープン 現在に至る

レストラン マノワ

〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-10-6 プロスペクト・グラーサ広尾1F

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熟成ワインの魅力(後編)

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前編では、ワインの熟成が単なる時間の経過ではなく、構造的・化学的な変容プロセスであることを解説しました。そこには、果実味やタンニン、酸などの要素が複雑に絡み合い、時間とともに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 もに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 後編では、まずはワインの色調変化から解説し、長期熟成に適した品種や産地の特性を整理します。あわせて、品質を左右する熟成環境──保管方法や温度・湿度管理の要点についても、具体的に見ていきます。 4. 色の変化:時が刻むワインの色調の移ろい ワインの外観、特にその色調は、熟成度合いや健康状態を判断するための重要な視覚的手がかりとなります。熟成のプロセスは、ワインに含まれる色素成分(赤ワインではアントシアニン、白ワインではフラボノイドなど)が、酸化、重合、分解といった化学変化を経ることで、色調に顕著な変化を引き起こします。 赤ワインの色の変化: ・若年期(Young): 若い赤ワインは、紫や濃いルビーの色調を呈することが多く、鮮やかで密度の高い印象を与えます。特に若いカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーな

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熟成ワインの魅力(前編)

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太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

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