全房発酵の目的とは。ワインメーカーの意図を読み解く。(ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

全房発酵の目的とは。ワインメーカーの意図を読み解く。(ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
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今回はワイナリーでの醸造をテーマに、「全房発酵(whole bunch fermentation)」について掘り下げてみます。


全房発酵とは

ピノ・ノワールの生産者を中心に、醸造手法の一つとして度々登場する全房発酵。これは全量または一部のブドウ房を除梗、破砕せずにそのまま発酵槽に入れ、発酵を進める醸造工程を指します。

全房発酵を紐解く上で押さえたいポイントは2つ。ブドウ房をそのまま使用するため、果梗(stem)と未破砕果(ホールベリー whole berry)が含まれる事です。
果梗が発酵槽に加わる事で、急激な発酵温度上昇の抑制、スパイス香成分オイゲノールのマストへの抽出、果梗による色素やアルコールの若干量の吸収、そしてタンニンの抽出(ワインメーカーによって見解に違いはあります)が行われます。
また、未破砕果による醸造での最も大きな影響は細胞内発酵(intracellular fermentation)*1です。すり潰した苺やラズベリーの香り成分エチル・シナメートの生成、更に果皮からのタンニン抽出が緩やかになる作用*2がその特徴です。これが顕著に現れているのが、マセラシオン・カルボニックで仕込んだジューシーで軽やかな仕上がりのボジョレーでしょう。

*1 ブドウ果内の酵素による働きの発酵
*2 酵母によるアルコール発酵(細胞外発酵 extracellular fermentation)がゆっくりと遅れて進むため

1980-90年代のブルゴーニュでは除梗・破砕を行うのが典型的でした。かのアンリ・ジャイエ然りです。その後、全房発酵を行う一部の生産者に注目が集まる時期もありましたが、現在では発酵の一部に全房を加えることは広く一般化しています。また「全房発酵を採用している」と言っても20%/50%/100%などその使用量は様々で、一概に全房発酵と除梗が区別できるものでもなくなってきています。ではその中で全房発酵の採用にはワインメーカーのどの様な意図が含まれているのでしょうか。フレッシュネスへの影響、芳香成分への作用、タンニン・ストラクチャーへの考えに焦点を当て、ブルゴーニュを中心に世界の事例から探っていきます。

フレッシュネスへの影響

ワインのフレッシュネスを保つ事は、毎年の様に世界各地で続く暑く乾燥したヴィンテージを扱う上で重要なテーマです。フレッシュネスとは若干曖昧な表現ですが、ワインから感じる果実香が過熟せずに新鮮なニュアンスで表され、酸味が保たれており、またアルコール度数が低く抑えられていることを指す表現です。

全房発酵を採用する多くの生産者が、ワインにフレッシュネスがもたらされると考えています。その要因の一つに発酵温度が挙げられます。一般的に、低温で発酵すると清涼感のある香りが出やすく、高温だとより熟したニュアンスになると言われています。全房発酵の場合、発酵中のタンク上部に浮上する果帽に果梗が含まれることで発酵によって生じる熱が逃げやすく、急激な発酵温度上昇が抑えられ、発酵温度自体*3も1-2℃程下がります。
スペインのアルバロ・パラシウスが最近のヴィンテージでは全房発酵の割合を増やしていると言及しています。リオハで手掛けるラ・モンテサの2021年は全房率を50%に増やし、その理由はこの発酵中の“熱“管理だと答えています。

*3 赤ワインの発酵温度は一般的に25−32℃、どの温度帯で発酵を進めるかでも果実香の精妙さは変わってきます。

また、もう一つの要因として、果梗がアルコールを少量吸収するため、全房発酵にはアルコール度数を僅かですが下げる効果があります。ニュイ・サン・ジョルジュに所在するジャン-クロード・ボワセの醸造責任者グレゴリー・パトリアは最大50%の全房発酵を行っており、これにより約1%のアルコール度数が下げられると言っています。実際に温暖で乾燥した2020年の村名ヴォーヌ・ロマネが13%に抑えられており、その考えが正しいことを物語っています。
ただし、両者ともに収穫のタイミングを早めるなどの対策も行なっており、そうした要因も十分に考慮し、あくまでも総合的なアプローチの一つだという点を付け加えます。

一方で、全房発酵がフレッシュネスに与える影響について懐疑的な見解を示す生産者もいます。果梗に多く含まれるカリウムがワイン中の酒石酸と結合して酸度が低下してしまうため(細胞内発酵では少量のリンゴ酸も消費されます)、熟度の上がった果実味とバランスが取りづらいとの考えからです。ブルゴーニュ、ユドロ・ノエラのシャルル・ヴァン・カネイは酸度低下に伴うpHの上昇を招く果梗投入に否定的です。pHの上昇は微生物活動の活発化を招き、野生味の増加の可能性(フレッシュな果実味の低下)、遊離亜硫酸の活動鈍化の影響*4も大きく、むしろ温暖なヴィンテージだった2018年ほど使うべきではないとジャスパー・モリスMWのインタビューに答えています。

*4 pH値が低いほど実際に抗力を発揮する分子亜硫酸をより多く遊離亜硫酸から得られます。

あくまでも醸造工程全体の中で、それぞれの生産者が全房発酵をどのようなアプローチとして採用しているのかを探ると、その意味合いが垣間見えてくるのではないでしょうか。

芳香成分(aromatics)への作用

全房発酵に華やかな香りを求めるワインメーカーも多くいます。主に、ブドウ粒が破砕され溢れた果汁が酵母によって発酵する前に、未破砕果の内に含まれる酵素の働きで起こる細胞内発酵が醸す香りを指します。 ブルゴーニュ、ドメーヌ・ジャン・グリヴォのマチルド・グリヴォはこの細胞内発酵によって得られる香りとシルキーなタンニンを目的として、未破砕果による発酵(ホールベリー・ファーメンテーション whole berry fermentation)を採用しています。除梗機の性能向上により、現在ではピノ・ノワールの様に果皮が繊細なブドウでも未破砕で除梗が行えるようになったため、「除梗は行うがブドウ果の破砕は行わない」という手法を採用しています。発酵前半はブドウ果を壊さないように出来るだけ穏やかな醸し作業を心掛け、後半にピジャージュ(パンチダウン punch down)で破砕を促し酵母発酵を進める流れです。結果、非常にシルキーなタンニンを有した香り高いワインが得られます。

ただし、ワインメーカーによっては細胞内発酵による香りを回避する場合もあります。南アフリカ、スワートランドにて世界基準のシラーを醸すポルセレインベルグのカリー・ロウは100%全房発酵を採用していますが、独特のキャンディ香を避ける目的で、ブドウ果を発酵槽内で直ぐに軽く破砕しています。

香りへの影響として、全房発酵で注意が必要なのは揮発酸(volatile acidity)値上昇の危険性です。果醪の外気からの保護は基本的に発酵によって発生する二酸化炭素に頼られます。しかし、果梗が加えられ固体量の増したタンク内では固体に対する液量が相対的に少ないため、果梗を含んだ果帽が外気にさらされやすくなってしまいます。このため、酢酸菌の繁殖の可能性が高まり、お酢の様な香りの酢酸に代表される揮発酸*5がワインに出てしまう危険性があるのです。
その対策として、スムーズに始まる力強い発酵が挙げられます。100%全房発酵を採用するブルゴーニュのフィリップ・パカレは近年の猛暑の影響からか、ブドウ畑から持ち込まれる自然酵母の働きが弱くなっている様に感じると述べており、数年前よりピエ・ド・キューブ(酒母造り pied de cuve)*6の採用を始めました。発酵の始まりをスムーズにする事で揮発酸発生のリスクを減らす考えです。

*5 揮発酸が基準値を越えたワインは販売もできません。
*6 5日程前に少量のブドウを収穫し、事前に発酵を進めておき、酵母が活性的な酒母を準備する。

タンニン・ストラクチャーへの考え

タンニンやテクスチャーにシルキーな滑らかさを与える事を目的として全房発酵を選択するワインメーカーもいます。この場合は果梗による影響というよりも、細胞内発酵に起因し緩やかに進む果皮浸漬に由来する効果と言えるでしょう。 オーストラリアのヤラ・ヴァレーにて世界的にも珍しいカベルネ・ソーヴィニヨンで100%全房発酵を行うティモ・メイヤーがその一人です。メイヤーは清澄剤を加えての澱引き作業を行わないため、タンニン量を別の方法で調整する必要があったとし、細胞内発酵は総合的に彼の醸造へのアプローチに合っていたと言っています。結果として彼のカベルネはとても芳香豊かで、キメの細かいタンニンと共に骨格が整った仕上がりになっています。ただし、果梗からのストーキーな(茎のような)タンニンの抽出は避けたいので、果梗が熟した(木質化した)房をしっかりと選定し、更に醸し方法にも注意を払わなければなりません。

果梗がタンニン・ストラクチャーに(好・悪共に)影響を与えるため、注意が必要という意見は多く存在します。モレ・サン・ドニのジョルジュ・リニエは温暖で豊作だった2022年では全房発酵を10%に留めています。収穫されたブドウ果がより多くの種を有していたため、果梗からこれ以上の固いタンニンの抽出を避ける目的でした。またジュブレ・シャンベルタンのドゥニ・モルテなど一部のトップワインメーカーはより青みの強いペダンクル(主梗 peduncle)のみを手作業で取り除いています。
ただし、全房発酵によるタンニン・ストラクチャーへの影響はワインメーカーがどの醸し方法(パンチダウン、ポンプオーバーなど)をどのくらいの頻度で行うかでも仕上がりは変わってきます。一概に全房発酵の量だけで判断する事が難しい点は考慮する必要があるでしょう。

―――――――

全房発酵の目的はフレッシュネス、華やかさ、ストラクチャーなど、目指すスタイルに向けてさまざまです。ただし、あくまでも収穫から瓶詰めまでの一連の醸造工程の中の一つの作業と捉え、その他の醸造手法と組み合わせてバランスを取っているケースがほとんどであることは忘れてはなりません。

それぞれが思い描く理想のワインに近づくために・・・全房発酵の選択にはワインメーカーの考えや哲学が詰まっているのです。


織田 楽(Raku Oda)

The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。
代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。

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