今一度プレモックスを掘り下げる(ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

今一度プレモックスを掘り下げる(ソムリエ 織田 楽さん寄稿)
Closeup hand with glass of white wine on background wooden oak barrels stacked in straight rows in order, old cellar of winery, vault. Concept professional degustation, winelovers, sommelier travel

2000年台前半にワイン業界に衝撃を与えたプレマチュア・オキシデーション(Premature Oxidation、熟成前酸化、以下プレモックス(Premox))。プレモックスが業界の話題になったきっかけは、1996年ヴィンテージのブルゴーニュ白ワインがたった5-6年後の2000年代前半に驚くほどの酸化劣化をしていた事でした。しかもそれは著名無名、特級村名を問わずブルゴーニュ全体から散見されました。2010年代以降のヴィンテージでは深刻な欠陥はブルゴーニュからは見られなくなりましたが、世界中のとりわけカリフォルニアや西ケープのような温暖な産地からの事例報告は今も挙がっております。一時は単純にコルクの品質が原因だと言われていた時期もありました。しかし、ブドウの段階から瓶詰めまでの酸化作用、酸素の蓄積、亜硫酸をはじめとする抗酸化成分の不足が数年後にプレモックスとして現れることが分かっています。発端から30年近く経った今でも完全なる解決がされていない事からも、幾つもの要素が複合的に絡んでいる事が示唆されます。

プレモックス、その判断の難しさ

プレモックスは熟成前酸化と記される通り、熟成経過を辿る前にワインが酸化劣化してしまう現象です。タンニンを含む赤ワインよりも白ワインの方が発生しやすく、また白ワインの中でも酸度が低い品種や温暖な産地でその可能性は高まります。更に、空気接触率の高い長期間の樽熟成など酸化的な醸造選択がされたワインに多く見受けられます。色調は既に濃い黄金色(時として茶褐色の淡い濁りを帯び)、抜栓直後からその異変は感じ取れます。薄れた果実香の代わりに放置されたリンゴの柵切りやだれたカリン、時に鼻につくお酢のような香りを放ち、抑制を失った味わいは風味に乏しいものです。

ただし、全てのプレモックスのボトルが上記のようなわかりやすい状態にあるわけではありません。活力に乏しく果実味の薄れた平坦な味わいであっても、萎れたリンゴやお酢の香りは感じられず色合いに至っては特に問題ないものもあります。このようなボトルへの品質判断は難しく、捉え方によっては意見の差異も出てくるでしょう。

また、プレモックスという単語が一人歩きし、安易に使われる事もあります。ドミニク・ラフォンの話を引用します。2011年春にブルゴーニュのレストランで食事をしていた際、店内のとあるテーブルから「プレモックスだ」と声が聞こえました。視線の先には彼のワイン。ウェイターに頼み、確認すると2004年ムルソーでした。試飲したそのボトルは「確かに完璧な熟成状態ではない。でもプレモックスじゃない。ピークを迎えているが、村名の品質としてちゃんと瓶内熟成の経過を辿っている。」ラフォンはそのテーブルに出向き経緯の説明と共に熟成感が低く新鮮な2008年のクロ・ド・ラ・バールを自身の会計で供しました。市場でプレモックスと評されるワインの全てがプレモックスではない一例です。

今回はプレモックスが起こりやすいスタイルである樽熟成シャルドネに焦点を当て、世界のシャルドネメーカー達の対策に触れます。

対策を考えるーブドウ畑

白ブドウでは(色素の蓄積とタンニンの発達を求めないため)低収量から得られる恩恵が黒ブドウほどなく、むしろプレモックスの観点では逆効果になる事があります。樹勢バランスから外れた極端な低収量が果汁中にフェノール類を蓄積してしまうからです。フェノール類と聞くと抗酸化作用をイメージしますが、それはフラボノイド類で主に果皮や種子に含まれます。果汁中に蓄積されるフェノール類は非フラボノイドと呼ばれ、これらが酸化するとキノンという強い酸化触媒に化学変化してしまいます。ボルドー大学の故ドゥニ・デュブルデュー教授も低フェノールの重要性を指摘しています。1990年代のブルゴーニュでは凝縮感を求めるあまりにシャルドネでもグリーンハーベストによって*AOC規定よりも更に低い25-35hl/haほどの収量の生産者もいました。ドミニク・ラフォンは「摘芯の段階で50hl/haに調整し、気象条件によって20hl/haになる場合もあるが、50hl/ha取れれば全て収穫する」と言います。人為的な低収量を行わないことが重要と言えます。

樽熟成中のシャルドネ、 ブルーノ・クレールにて

また、デュブルデュー教授は抗酸化作用を持つ化合物グルタチオンを豊富に含むことがプレモックスを防ぐ上で重要だとも述べています。グルタチオンは過度な水分ストレスや樹勢抑制をされていないブドウ樹から多く産出されると言われており、白ブドウ栽培に過剰な栽培ストレスが必要ない事が伺えます。例えば、マルサネ所在のブルーノ・クレールではライ麦やマメ科のカバークロップによって土壌へブドウの栄養源となる窒素供給を促していますし、近年は多くの生産者が自然な土壌栄養素改善の目的でコンポスト(有機堆肥)の重要性を説いています。ただし、低ストレス及び高収量は樹勢バランスがその土地と合致している状態であり、化学肥料の散布による過剰な栄養補給、その結果による高収量は決して品質に結びつかない事は付け加えておきます。

※ブルゴーニュ白ワインの収量制限は村名で45-70 hl/ha、グランクリュでは40-64 hl/ha

対策を考えるー醸造工程(ブドウ果・果汁処理)

醸造工程での選択はプレモックスの発生に大きく影響します。確かに亜硫酸添加量が低ければ、その発生率は高まりますが、それだけの単純な話ではありません。

ブドウ果の圧搾方法は全房での空気圧式が主流です。しかし、ムルソーのジャン-マルク・ルーロは圧搾前に破砕した方が全房圧搾よりも酸度の高い果汁が得られるといいます。結果としてスムーズに発酵が始まり、酸化の可能性を減らせる利点があります。ただしこの場合のブドウ果は健康で綺麗でなければならず、充分な選果が必要です。さもなければ破砕の際に腐敗果から酸化酵素の抽出が助長されてしまうからです。

果汁処理でも様々な意見が存在します。シャサーニュ・モンラッシェのフィリップ・コランでは圧搾の際に30-50ppmの亜硫酸を添加し、12−24時間のデブルバージュを行います。亜硫酸の添加は、この過程における酸化を抑えるための比較的一般的な手法です。片やブルーノ・クレールでは同時間のデブルバージュは行いますが、亜硫酸の添加は行わず果汁のブラウニング(褐色化)を促します。ハイパーオキシデーションの考えであり、この段階で酸化触媒になり得るフェノリックを落とす目的です。この方法は特に圧搾後半のプレス果汁で有効な方法です。また、デブルバージュを行わず果汁の澱を残す方法もあります。この方法を採用するシャントレーヴの栗山朋子さんは「畑での完全な選果がとても重要」と言います。コランやクレールも選果はとても重要と声を揃え、腐敗果からの不要な酸化酵素は避けるべきという考えは共通です。また、一概にどの方法が正しいと言うよりもその後の工程でどのような選択をするかによってこの果汁処理の趣旨も大きく変わってきます。

対策を考えるー醸造工程(発酵〜瓶詰め)

出荷前の新樽、フランソワ・フレールにて

高品質のシャルドネでは自然酵母による樽発酵が一般的です。自然発酵の始まりは培養酵母よりもばらつきが出てしまう場合があります。樽内で果汁放置される時間が長引くことは酢酸菌汚染のリスクの他に溶存酸素(DO)上昇に繋がります。ドミニク・ラフォンは酸化リスクのないステンレスタンクで発酵を始め、発酵が始まった段階でワインをそれぞれの樽に分け移しています。これにより樽内で均一な発酵が進み、不必要なDO上昇を防げます。

アルコール発酵とマロラクティック発酵(MLF)の間の時間差を短くする事も考慮すべき点です。アルコール発酵後は溶存二酸化炭素(DCO2)量が下がり、酸化を防いでくれる表層面の二酸化炭素ブランケットによる保護もなくなるため、できるだけ速やかにMLFが始まる必要があります。またこの時期のセラー温度が高すぎることはプレモックスの観点でとても危険だとカリフォルニア、サンディのサシ・ムーアマンは指摘します。ブルゴーニュでプレモックスが問題になり始めたきっかけの一つに、地球温暖化による春先のセラー温度上昇が絡んでいるのではないかとも推測していました。

ただし、マーガレット・リバーのルーウィン・エステートの様に樽熟成シャルドネのMLFを行わない作り手もいます。酸度が高く保たれますし、pHを低く維持する事により亜硫酸の働きも同量の添加量でもより効果的です。

樽熟成シャルドネにプレモックスの事例が多い理由に、酸素供給率の高いバリック樽での熟成があげられます。ただし熟成中の澱接触を行う事で酸化の可能性を下げる事ができます。澱接触を行うと亜硫酸との結合作用のあるピルビン酸やキノン含有量が低いと言われます。カリフォルニアのデイヴィッド・レイミーはシャルドネを20ヶ月間フレンチオーク樽で熟成させますが、オーク樽の方がステンレスタンクより澱接触率が高いことを利点に挙げています。ただし、空気透過率の高い新樽の使用率は考慮する必要がある点を付け加えます。また、マランジュ所在のバシュレ・モノなど、ワインが樽材に接触する表面積を下げる目的で従来の228Lではなく350Lの少し大きめのサイズを採用する作り手も散見します。

また、ブルゴーニュのプレモックス問題が世間で広まった2000年代には同じケースロットの中で問題が起きているボトルと起きていないボトルがありました。その原因はコルクの酸素透過率(OTR)が安定していないことにあったと考えられています。ピュリニー・モンラッシェのルフレーヴは2014年から全てのワインをディアム30に変更しています。


2000年代前半から始まったプレモックスの問題はブルゴーニュでは大きく改善されました。しかし、その発生率は下がっているとは言え、今でもプレモックスは存在しています。また、樽熟成シャルドネは世界中で造られる白ワインの主流でもあります。消費者、ワイン給仕者としても無視できないこの問題を今一度考えるきっかけになりましたら幸いです。

織田 楽(Raku Oda)

The Fat Duckソムリエ
1981年生まれ。愛知県豊田市出身。


代官山タブローズ(東京)、銀座ル・シズエム・サンス(東京)での勤務の後、2010年渡英。ヤシン・オーシャンハウス(ロンドン)ヘッドソムリエを経て、2020年よりザ・ファット・ダック(ロンドン郊外)にてソムリエとして従事。同レストラン、アシスタント・ヘッドソムリエとして現在に至る。

インスタグラム @rakuoda

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熟成ワインの魅力(後編)

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