ワインは海で育つ?北海道の海中熟成ワインをテイスティング (広報 浅原 有里)

ワインは海で育つ?北海道の海中熟成ワインをテイスティング (広報 浅原 有里)
_MII4840

以前のワインコラムプロにて、北海道の7つの海域でワインやウイスキーなどを熟成させている株式会社 北海道海洋熟成の本間一慶さんのインタビューをお届けしました。

今回はその続編として、3年間海中にて熟成させたワインの味わいの違いを検証しました。通常のセラー熟成と比較して、海中環境ではワインにどのような差異をもたらすのか。さらに、海域の違いで味わいにはどんな違いが生まれるのか。今回のテイスティング結果から明らかにしていきます。

熟成環境

以下のそれぞれの環境で、同一ロットのワインを3年間熟成させました。 熟成期間は、2022年6月〜2025年6月です。

①セラー熟成・フィラディスの長期熟成用セラー・温度15度、湿度75%前後
②羅臼(らうす)
・水深20〜30m・水温は7つの海域の中で最も低く、0℃〜高くても20℃前後。寒流しか流れ込まないため温度上昇は少ない。・世界遺産に認定された知床のすぐ近くで、水質が良く、環境は非常に良い。・冬は流氷で閉ざされる(氷の下の海水は0℃以下にはならない)ため、波が起きず潮の流れしか発生しないという特徴がある。③積丹(しゃこたん)

・水深17〜20m
・水温2℃〜22℃
・宝島という無人島の近くで熟成、潮の流れは比較的強い。
・ウニとアワビが有名

④湧別(ゆうべつ)

・汽水湖、サロマ湖の中の1つの地域 ・水深15m前後 ・水温は夏でも20℃前後と比較的低い。 ・潮の流れは早く、様々な方向からの流れがあり複雑。 ・現在微生物の繁殖が活性化しており、想定以上のフジツボや一部牡蠣が蝋封を侵食

ワイン

それぞれ3本ずつ、上記4つの環境で3年間熟成させました。 ②③④は保護のため、キャプセルの上から蜜蝋で封をして海中に沈めています。 (白ワインは元々蝋封されており、その上から蜜蝋で封をしました) 海中では、専用箱に入れて定置網などに固定しており、ワイン自体が動くことはありません。

スパークリング  :NV Conversation / Jean Louis Vergnon
白(ブルゴーニュ) :2020 Chablis 1er Cru Cote de Lechet / Julien Brocard
赤(ブルゴーニュ) :2020 Chambolle Musigny V.V. / Lignier Michelot
赤(ボルドー)         :2018 Ch. D’Aiguilhe

結果

④湧別については、フジツボや牡蠣による蜜蝋の侵食があり、堅牢なシャンパーニュと元々蝋封されていた白ワインは無事だったものの、赤ワインはボトル内に海水が入ってしまいテイスティングができませんでした。

シャンパーニュ:NV Conversation / Jean Louis Vergnon

3年間の熟成を経て、全体的に角が取れ、香りにはハチミツやナッツのニュアンスも混じるなど複雑さが感じられ、熟成からくる旨味が長く余韻として残る素晴らしい味わいでした。 その上で、以下のような違いが感じられました。

①セラー 最もフレッシュさが残っており、タイトでカチッとした印象。Vergnonの魅力であるピュアで力強い味わいが一番感じられた。
②羅臼 ①に比べると熟成は進んでいる印象。泡が若干弱く、果実味よりも酸味やミネラル感を強く感じる。
③積丹 ②よりも泡は弱く、腐葉土や塩味のニュアンスがあり、若干の苦味も。4つの中で最も熟成は進んでいるように感じ、溌剌とした印象はかなり薄れ、余韻も弱々しい。
④湧別 ③と近い味わいだが、③よりも熟成によるコクや旨味を強く感じ、余韻も①②ほどではないものの、旨味が引っ張っていくように続いた。

白(ブルゴーニュ):2020 Chablis 1er Cru Cote de Lechet / Julien Brocard

全体として、凝縮され複雑味を帯びだした果実味に、まだまだフレッシュさの残る酸、ミネラル感が良いバランスで調和しており、熟成による真価の片鱗を見せてきている印象でした。

①セラー 酸味がしっかりと残り、果実味も4つの中で最も強くフレッシュで、熟成のニュアンスは一番少ない。
②羅臼 火打石の香りが強くタイト。果実味が穏やかで、香りから熟成を最も感じる。
③積丹 果実味が細く、アフターに苦味がある。フレーバーが落ちてしまったのか、酸味を強く感じた。
④湧別 ②と③の中間のような味わい。火打石の香りやミネラル感が強くタイトな印象。余韻は短い。

赤(ブルゴーニュ):2020 Chambolle Musigny V.V. / Lignier Michelot

全体としては、しなやかでタンニンも柔らかくなってきており、だいぶこなれてきていると感じました。それぞれの違いとしては・・・

①セラー 果実の甘やかさが中心から広がるように感じ、柔らかくしなやかなタンニンとほど良い酸味とともに素晴らしい余韻が長く続く。3つのうちで一番熟成感は感じず、ピュアで生き生きとした印象。
②羅臼 熟成のニュアンスがしっかり出ている。①と比べて果実は弱く、その分タンニンの引き締めを強く感じる。香りが落ち着いており、アフターに持続しない。
③積丹 ②と似て果実が抜けてしまったように感じる。タンニンは粗くざらつきがある。

赤(ボルドー):2018 Ch. D’Aiguilhe

複雑さを増して深みのある香りが素晴らしく、熟成によって角が取れて樽香も馴染み、滑らかで一体感のある味わいへの変化をしっかりと感じられました。

①セラー 他のワインと同様に、一番熟成は控えめ。香りが良く出ており、しなやかで滑らか。余韻も最も長い。
②羅臼 果実味のボリュームや香りは①と比べて少なくこもっている。熟成はより進んでいる印象。中盤からタンニンや酸味が目立ち、若干のバラつきを感じる。
③積丹 ②よりも果実味は残っているが、熟成は更に進んでいる。香りも②よりも更に取りづらい。中盤からアフターにかけてタンニンが目立つ。

まとめ

まず、セラー/海中両方とも、3年の熟成によって香りや味わいに複雑さが増し、タンニンなどの各要素がこなれて一体感が出ており、良い変化がもたらされていたことは間違いありません。 その上で、全体を通して見えてきたセラー熟成と海中熟成の違いは、以下の2点でした。

  • 海中熟成のワインの方が熟成が進んでいる
  • 海中熟成のワインは果実味が落ちたように感じ、その分酸味やタンニンが目立つ

結果としては厳しい評価となりましたが、3年という短期間であっても、海中で保管することで、ワインの熟成はセラーよりも確実に進むことがわかりました。 「海ならではの個性」と捉えられる熟成が感じられた一方で、多くのワインで果実味や香りの抜け落ちが目立ち、スタッフの中には「過去の実験で行った熱劣化や、ワインを開かせるグッズを使用した際に近い現象が起きたのではないか」と推測する声もありました。

その中でも、スパークリングや白ワインに比べて赤ワインでは果実味が比較的残っており、とくにボルドーのように果実味の強い赤ワインであれば、今回の3年よりも短い1〜2年の熟成ではより良い結果が得られる可能性がある、との意見も聞かれました。

熱ストレスはあったのか?

今回の実験環境について北海道海洋熟成の本間様に伺ったところ、実際にいずれの海域でも過去5年間で平均海水温が4〜6℃上昇しており、とりわけ2024年から2025年にかけては前例のない急激な上昇が記録されているとのお話しでした。
こうした水温変化は養殖ホタテや牡蠣の全滅を懸念するほど深刻な影響を及ぼしており、今回の海中熟成ワインの品質にも少なからず影響を及ぼしている可能性があります。

本間様は現在、光もうっすらとしか届かない水深40mの環境での熟成や、繊細な醸造酒と比較的強い蒸留酒で熟成させる海域を分ける試み、さらに適切な熟成期間を月単位で検証するなど、さまざまな研究を進められています。今後は、進行する海水温上昇にも対応しながら、より適切な熟成条件を探究していかれるとのことでした。


海中熟成はまだ確立されていない分野で、今回の実験ではいくつかの課題が明らかになりました。とはいえ、それは同時に新たな可能性を探る手がかりでもあります。これから研究が進むことで、海中熟成ならではの魅力がどのように広がっていくのか、大いに期待したいところですね。今後の展開がますます楽しみになりました。

ご協力いただきました、北海道海洋熟成の本間様、漁師の皆さま、ありがとうございました!!

Read more

熟成ワインの魅力(後編)

熟成ワインの魅力(後編)

前編では、ワインの熟成が単なる時間の経過ではなく、構造的・化学的な変容プロセスであることを解説しました。そこには、果実味やタンニン、酸などの要素が複雑に絡み合い、時間とともに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 もに香りや味わいの深みが増していく神秘がありました。 後編では、まずはワインの色調変化から解説し、長期熟成に適した品種や産地の特性を整理します。あわせて、品質を左右する熟成環境──保管方法や温度・湿度管理の要点についても、具体的に見ていきます。 4. 色の変化:時が刻むワインの色調の移ろい ワインの外観、特にその色調は、熟成度合いや健康状態を判断するための重要な視覚的手がかりとなります。熟成のプロセスは、ワインに含まれる色素成分(赤ワインではアントシアニン、白ワインではフラボノイドなど)が、酸化、重合、分解といった化学変化を経ることで、色調に顕著な変化を引き起こします。 赤ワインの色の変化: ・若年期(Young): 若い赤ワインは、紫や濃いルビーの色調を呈することが多く、鮮やかで密度の高い印象を与えます。特に若いカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーな

By YURI ASAHARA
熟成ワインの魅力(前編)

熟成ワインの魅力(前編)

「熟成」。ワインの世界において、この言葉は単なる時間経過以上の、複雑で深遠な意味合いを持ちます。若々しいワインが瓶の中で静かに変容を遂げ、新たな香りと味わいを獲得していくプロセスは、多くのワイン愛好家を魅了し、探求心を刺激してやみません。しかし、熟成の本質とは何か?どのような要素がワインに長期の熟成能力を与え、その過程でどのような変化が生じるのか?そして、そのポテンシャルを最大限に引き出すための理想的な環境とは? 今号と次号のコラムでは、ワインの熟成という多岐にわたるテーマを、6つの主要な側面から深く掘り下げていきます。熟成の基本的なメカニズムから、熟成ポテンシャルを持つワインの特徴、香りや色調の変化、品種やテロワールの影響、そして熟成環境を左右する保管方法まで、ワインが時を経て見せる神秘的な変容の核心に迫りながら、熟成の奥深い世界を探求していきましょう。 1. 熟成とは何か?:ワインが遂げる変容のプロセス ワインにおける「熟成」は、単なる「古くなること」とは一線を画します。それは、瓶という閉鎖された環境の中で、ワインに含まれる無数の化合物が、酸素との微細な相互作用や、互いの

By a.watanabe
太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

太陽光の重要性を探るー“あるかないか”ではなく“どう与えるか” (ソムリエ 織田 楽さん寄稿)

「ワインは太陽の光に満ちた水である。―― Le vin est de l’eau emplie de soleil.」 これは、ワイン造りにおける太陽光の重要性を表したフランスのことわざです。 太陽の光がなければブドウ樹は成長せず、果実も実らず、そして熟すこともありません。光は光合成の必須要素であり、ポリフェノールの蓄積を促し、香り成分の形成にも深く関わっています。さらに、太陽がしっかりと降り注ぐ環境では湿度が低く保たれるため、カビによる病害の発生が抑えられ、健全な果実の収穫にもつながります。 しかし、太陽光の恩恵がブドウの品質にとって“絶対条件”だった時代と比べ、現代の多くの産地では状況が変化しています。今では、過剰な日射はむしろ品質を損ねる要因となり、世界各地で見られる「日焼け果」や「萎れ果」はその象徴的な例です。 本稿では、11月に筆者が訪れたチリのワイン産地でのインタビューを交えながら、太陽光がもはや単なる“恵み”ではなく、ブドウの品質を左右する「最適化すべき必須条件」となっている理由を探っていきます。 葉への作用―光合成 光・二酸化炭素・水を必要とする光合成におい

By a.watanabe